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2010年7月14日 (水)

一つの時代の終焉

退院後、極力何も考えずに能動的休養を摂って居ました。

神経が異常に過敏で、音や部屋の外を家族が通るだけでも

心臓が痛むほど驚いて仕舞います。

まるで神経が剥き出しの様。

ですから、向き合わなければ成らない現実から目を背けました。

安寧に心穏やかに成る為にも、

此れは人生に於いて必要な余暇なのだと自分に言い聞かせて。

迫り来る現実に焦燥を覚えつつも、出来るだけ逃避して居ました。

その間、

ジロ・デ・イタリア

ローランギャロス

W杯

ウィンブルドン

F1

と、Macを2機とiPad、iPod tochを駆使して

マルチ観戦&ツイートです。

それはそれで忙しい日々でした。

先日、W杯の決勝戦、オランダ vs スペインを観て居ました。

'74大会、『時計仕掛けのオレンジ』と謳われたオランダ代表は其処には無く、

スペクタクルなスペインを泥臭く良さを消すフットボールが展開されて居ました。

此のゲームのキーワードは『ヨハン・クライフ』

『時計仕掛けのオレンジ』の象徴的選手で

『フライング・ダッチマン』と呼ばれたヨハン・クライフ。

彼が変革させ、FCバルセロナに多大な貢献をしました。

其のクライフが確立したバルサのカンテラ(下部組織)出身の選手が

スペイン代表の実に半数以上がスターティングメンバーで有り、

しかもサブにもカンテラ上がりの選手が控えて居ます。

話は少し逸れますが、アルヘンティーナのリオネル・メッシ、

メヒコのジオバンニ・ドス・サントスもバルサのカンテラ出身です。

バルサはクライフ以前と以後に分けられる程大きな変革が有りました。

選手としてバルサで活躍した後、今度は監督としてバルサに革命を起こしました。

『美しく勝利せよ』

此の言葉の旗印の下、クライフは『ドリーム・チーム』を作り上げ、

さらにカンテラにも力を注ぎました。

其のカンテラから育って来た選手、そしてバルサの戦術を下敷きに

今のスペイン代表は構成されて居ます。

実質古今類を観ない程の伝説的な最強チーム、

バルサが基盤に成って居るのですから強いのは当然。

其れを育てて来たクライフの母国との対戦です。

しかし、クライフの血をより強く受け継いで居たのは

バルサを基盤にしたスペイン。

オランダのファンマルバイク監督は『トータルフットボール』と云う

オランダの伝統を捨て去り、相手良さを消す事に腐心して居ました。

『トータルフットボール』を愛するおぃらとしてはオランダの事がスキなのですが、

ファンマルバイクのフットーボールは好きに成れず、

『トータルフットボール』と云う言葉が相応しいとは言い切れませんが、

クライフが標榜して居るスペクタクルなフットボールを展開して居る

スペインに自然と感情移入して居ました。

そもそも大会前、優勝候補の筆頭に、スペインとブラジウを掲げて居ましたからね。

スペインが攻めるもオランダが潰すという展開に焦れて居た後半30分頃、

一つの情報が入りました。

 

──つかこうへい死去──

 

凍り付きました。

心臓が止まるかと思いました。

頭が混乱しました。

今の今迄W杯で頭が一杯で、スペインの勝利を心から願って居た

のにも関わらず、です。

燃え上がっていたW杯への情熱は雲散霧消し、呆然と映像を眺めるだけ。

イニエスタのゴールも、

ジュールリメ杯を手に感情を爆発させているスペイン代表の面々を観ても

何の感情も芽生えて来ない。

自分の中の何かとても大切で大きなものが消えて仕舞ったかの様。

がらんどうに成って仕舞ったおぃら。

感情の持って行き場が無く、口に出来る言葉も無い。

ただ、哀しく虚しい──。

今はまた、寝込んで仕舞いました。

未だにつかこうへいさんの死が受け止められないで居るのです。

ですが遭えて記します。

つかこうへいさんへ哀悼の意を表します。

おぃらにとってあなたは絶対で在り、全てでした。

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