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2009年11月 6日 (金)

出来る事って何

先日、外出中の友人が自殺をほのめかす発言をして

電話を切りました。

その後、何度電話を掛けても繋がりません。

メールをしても帰って来ません。

おぃらは迷わず警察に通報しました。

警察と電話でやり取りをしている時に、

その友人からキャッチが入りました。

友人は家に帰って居り、

警察が来た事に驚いていました。

友人の真意は測りかねませんが、

極度に精神が衰弱しているのは分かっていました。

自殺を図ってもおかしくない状況だと判断しました。

友人は、とぎれとぎれのかすれた小さな声で

なんとか話をする事が出来ました。

わずかに「心配かけてごめん」と

声を絞って答えて呉れました。

この日はそれで落着したのですが、

実は2度目だったのです。

 

1度目の時、

友人のご家族は通報が有った事を知っていましたが、

その友人には知らされませんでした。

その時も友人は無事、家に帰って来ていたのです。

心に少し平穏が戻った今日、

親から以前にも警察が来た事を知らされました。

 

今、友人は苦しんでいます。

家族やおぃらに心配をかけてしまった事。

家族からの目線。

世間体。

友人が抱えている懊悩。

友人の心は千々に乱れ、頭はぐるぐると混乱しています。

 

果たしておぃらのした行動は意味が有りませんでした。

2度とも友人は何もせずとも無事、

家へ帰って来たのですから。

おぃらの家から友人の家まで

2時間以上の距離が有ります。

もしも本当に友人が自殺しようとしたならば、

到底追いつく距離じゃ有りません。

おぃらは出来る限りの事をしたつもりです。

でもそれは正しかったのでしょうか。

結果論で言えば、おぃらの下した判断は

無意味であるばかりか、

友人の心を追いつめる事になってしまいました。

 

友人はおぃらの事を責めませんでした。

しかし、心に大きな傷を与えてしまいました。

それは当分癒える事は無いでしょう。

今、おぃらは呻吟しています。

この友人はおぃらに心を開いてくれて居り、

何でも話してくれました。

でもこれからはおぃらに心を開いてくれるでしょうか。

友人で居てくれるでしょうか。

おぃらにはもう分かりません。

ただただ友人に生きていて欲しかっただけなのに。

 

おぃらは正しかった。

おぃらは出来る限りの事を精一杯やった。

おぃらの判断に間違いは無かった。

自身を肯定しようとすればする程、

虚しさが溢れて来ます。

たとえ様の無い苦しみがおぃらを蝕みます。

友人は、本当に死んでおけば良かった、

と言っています。

おぃらは一体どうするべきだったのでしょうか。

 

友人の懊悩の発端は

今年恋人を自殺で失っている事です。

同じ道を歩んで欲しくないのです。

この一連の事で友人はいたたまれなくなり、

家を出ようと考えています。

自分が生きている事に絶望を感じさせてしまいました。

おぃらの「生きていて欲しい」と云う言葉も

友人には重荷な様です。

おぃらの行いが友人を苛めているのです。

どうしたら良いのか。

どうしてあげたら良いのか。

どう接するべきなのか。

 

友人には希望を持って生きて行って欲しい。

その為ならこの命、捧げても良いとすら思います。

それほどまでに、おぃらにとっては

大切な、掛け替えの無い友人なのです。

この友人はおぃらの心の支えであり、

生きて行く為の希望なのです。

生きて行く為の指標なのです。

失いたくない。

何があろうと絶対失いたくない。

おぃらの我が侭なのです。

 

誰か教えて下さい。

おぃらはどうすれば良いのか。

おぃらは……

おぃらは……

嗚呼っ。

誰か助けて下さい。

おぃらは死んでも良い。

友人が希望を持って生きて行く術を

どなたでも良いですからご教授ください。

対価を払いますからどうか。

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